弁護士 寶金敏明

弁護士 寳金敏明

〔1〕過去から現在

1.土地家屋調査士業務の淵源は、公務補完性・公益追求性にある。

 現代の重大な行政施策として、民にできることは民に委ねる、という意味での補完性の原則がある1。保護司が民間人でありながら保護観察行政の最前線を担っているのは、その最たる例と言える。土地家屋調査士制度発足当時の業務である「土地調査」は、この公務補完性を大きな特色としている。
 土地家屋調査士のルーツは、地租改正後、国税の枢要な財源となった土地課税につき、課税の公平を期するために税務署の配下でその嘱託を受け、土地や家屋の調査・測量や、無申告者対策としての申告手続等を行っていた土地調査員にあると言われている2。土地調査員は、この仕組みの下で、法的資格が明確でないままに公務を補完する役割を果たして来たが、第二次世界大戦後の税制改革を経て、今から70年前、土地家屋調査士法(昭和25(1950)年7月31日法律第228号)により、土地家屋調査士としてその法的地位を確立することとなった。
 ちなみに、全国に先駆けて法の制定運動が起きたのは、長野県松本だったが、その端緒は、昭和3(1928)年、松本税務署長植木庚子郎(後の法務大臣・大蔵大臣)が当時管内に散在していた約240名の土地調査員(内2割は市町村吏員)に結集を呼びかけ、土地調査員に国家資格を与えることによる業界の刷新を提唱したことにあるという3。その史実は、土地家屋調査士の業務が公務と一体を成すものとしてこれを補完するものであったこと、さらには、官側の土地調査員に対する強い信頼がすでに存在していたことを物語っている。
 この専門的な知識を駆使して公務を補完し公益を追求するとの生来的特性こそが、土地家屋調査士業務の来し方を規定し、その未来のあるべき姿を指し示すベクトルであるように私には思われる。

2.一筆地の区画・形状を確認し、保全し、変更することの公務補完性・公益追求性

 上記の沿革は現在においても色濃く受け継がれ、令和2(2020)年8月1日施行4の改正土地家屋調査士法1条は、土地家屋調査士を「土地の筆界を明らかにする業務の専門家」と明記するに至っている。同規定は、土地家屋調査士の枢要な業務が、制度発足以来一貫して、官の信頼に応え、専門的知識を駆使して一筆地の区画・形状を確認し、保全し、変更することにあることを改めて宣明したものであると言えよう。
 念のため付言すると、土地家屋調査士が明らかにすべき筆界の意味内容は、平成17(2005)年法律第29号による改正後の不動産登記法123条1号により明確に知ることができる5。同規定では、土地家屋調査士が調査・確認すべき「筆界」とは、①一筆地と隣地との間において、②当該一筆地が登記された時にその境を構成するものとされた2以上の結線情報とされている。②の要件は、筆界は、分筆・合筆・分合筆等がない限り不動のものであることすなわち筆界の不動性を確認しているが、その理由は、筆界が上述1.の公務補完性・公共性にある。土地家屋調査士制度制定70周年にあたり、筆界の不動性の存在意義を改めて肝に銘じていただきたい。

3.歴史的事実としての公益追求性の衰減期

 土地家屋調査士の70年を顧みるとき、ここで少し、土地家屋調査士が公益追求という本来の姿を見失いかけた時期について触れなければならない。
 地租改正事業の際に形成された筆界は、地券・地租台帳等から土地台帳制度(明治22(1889)年)に引き継がれる。土地台帳と同附属地図は、筆界の位置・形状を知る直接かつ第一級の資料だが、昭和25(1950)年7月31日、土地台帳事務は登記所に移管される。土地家屋調査士制度の発足と同日である。
 明治初年から制度発足後10年頃までの筆界は、おおむね安定期にあった。その頃までは、「地域社会における土地区画の承認関係の存在」があり(すなわち、農山村的定住社会ゆえ、どの土地がどこにあり、誰が所有しているのか明確で、地図及び登記簿は補完的役割のみ有していた。)、②「土地の形質の普遍性の継続」があった(人の出入りがないため、土地の造り替えもない。したがって、争いになっても、古老の証言で事足りた。)6。その当時は、筆界を公図と相隣接地の合意で判定することに大きな問題はなかったと言えよう。
 ところが、昭和35年(1950年代半ば)頃から人口の都市集中が顕著となり、大規模な宅地造成等が行われるようになって、多くの場所で①②の前提が崩壊するに至った。しかし、登記所は昭和46(1971)年まで土地台帳と登記簿の一元化作業に追われ、慢性的な人手不足の下7、筆界の違法な改ざんを阻止する態勢を欠いていた。肝心の土地家屋調査士も、当時は情勢の変化に対応する研修体制が不十分であったためであろうか、筆界の違法な改ざんを放置し、一部はこれを助長してしまった。これにより図上分筆や地図混乱等の病理現象を多々生じることとなった8。その後も、占有界を偏重して筆界判定を行う「悪しき(不適切な)現況主義」と呼ばれる実務が一部にはびこり、また、筆界に関する明文規定がなかったためか、裁判官の一部には、ドイツ法920条(占有界による境界推定)の影響の下に占有界を過度に重視して境界確定判決を行う傾向が見られた9
 この古い時代における一部の不適切な実務処理によって、誤った筆界の表記が数多く出現し、現在なお是正されていないものが多い。その是正を図ることは、これまでもこれからも、公益の担い手である土地家屋調査士の重要な使命と言える。

4.筆界特定制度の発足により、登記・裁判実務に大きな変化が生じている。

 筆界がその公共性・公益性ゆえに不動であり、話合いでは動かし得ない存在であることは、筆界についての明文を欠きつつも、大審院以来確立された判例であった。ところが、登記・裁判の実務では長く「境界」と言い慣わされていたこともあって、裁判官の一部を含む登記・裁判の実務家の中には、筆界と所有権界とを混同し、筆界の不動性を理解しない者が少なからず見受けられた。伝統的に民事訴訟法学者や裁判官・登記官は、公法上の境界すなわち「筆界」を「境界」と呼び慣わしてきたのに対し、民法学者や自治体の職員、土地家屋調査士の多くは私法上の境界すなわち「所有権界」のことを「境界」と呼ぶのが通例であったことから、混同には無理からぬ事情もあった。ちなみに、国有財産法31条の3所定の「境界」も「所有権界」を指すと解されている10

 平成17(2005)年法律第29号による改正後の不動産登記法123条1号は、筆界の定義を明確にするに至り、ここに登記・裁判実務の一部における混乱は、収束に向かうこととなった。同規定が置かれる前後ごろから、土地家屋調査士の実務においても裁判実務においても、筆界の公共性・公益性さらにはその帰結としての不動性が明確に意識されるようになる。ことに裁判実務では、筆界の判定には専門的知識と資料が求められることが再認識され、筆界特定を経ずに筆界確定訴訟を提起して来た者に対しては、筆界特定を経るように促すのが通例となりつつあるという。法務省が立法施策として元来求めていたものは、筆界特定制度ではなく、境界確定委員会による裁判前置手続としての境界確定手続であったが、そこで構想されていた境界確定前置主義は、皮肉にも現在の実務慣行として事実上定着しつつある。ここで重要なことは、法務省が構想していた境界確定委員会においては、委員として、筆界特定制度においては、筆界調査委員として、いずれも土地家屋調査士の関与が想定されていることである。既述のとおり、土地家屋調査士制度の発足を促したのは、当時の税務署長であり、法務局による筆界確定(特定)制度における土地家屋調査士の活用を発案したのは法務省である11。それらは、土地家屋調査士業務の高い専門性と公務補完性を如実に物語るエピソードと言えよう。

5.公務補完性は、土地家屋調査士の主たる業務である筆界の判定業務に現れている。

 筆界は、上述のとおり、公法上の必要から設置されている「公法上の境界」であり、民が勝手にその位置を動かせるものではない12
 そのため、土地家屋調査士は、筆界を調査した結果が調査依頼者に不利であった場合であっても、そのことを依頼者本人、時には対立当事者にまで正直に伝える使命を負う。本質的に鑑定に近く、当事者利益の追求とは一線を画する。私が常々「土地家屋調査士は、境界に係るお医者さまだ」と言っているのは、そのことに由来する。
 私は、土地家屋調査士を聴衆の全員あるいは一部とする講演・講義に際しては、次のように述べることにしている。『境界の判断要素は、極めて多様で、法律も錯綜している。最近まで、民法学者ですら正解しない方も少なからずおられ、裁判官の一部には、未だに所有権界と筆界の差すらご存じない方も確かにおられる。弁護士も、境界に詳しい先生はごく僅かであり、公務員の中にも、境界に係る専門研修を受けていない方がたくさんいらっしゃる。土地家屋調査士は、プロとして、礼を欠かないように配慮しつつ、そのような方々にも、ていねいに説明してあげることが重要であり使命といえる。こと境界に関しては、自分たち以上に法律と現地を共に知るプロ集団はいないことを強く再認識していただきたい。』

〔2〕現在から近未来

1.筆界の専門家としての使命は、境界全般についての研鑽を積まなければ果たし得ない。

 土地家屋調査士制度発足70周年に足並みをそろえるかのように、土地家屋調査士法1条が旧来の(目的)「土地家屋調査士の制度を定め、その業務の適正を図ること」 から、(使命)「不動産の表示に関する登記及び土地の筆界を明らかにする業務の専門家として、不動産に関する権利の明確化に寄与し、もって国民生活の安定と向上に資することを使命とする」に変わった。
 民間団体の組織等について定める行政法規のうち、使命規定から始まる民間団体は、医師・薬剤師、弁護士・弁理士・保護司、公認会計士・税理士など、その事業活動の高い公益追求性ゆえに国民の敬意を集めている職種に限られている。今回の法改正により、土地家屋調査士法が司法書士法とともに、使命規定を有するに至ったということは、ことを単純化して言うならば、土地家屋調査士も、その事業活動の高い公益追求性ゆえに国民の敬意を集めている職種の仲間入りをしたということであり、ご同慶の至りと言える。土地境界の医師とも言うべき土地家屋調査士の業法に使命規定がこれまでなかったことが、むしろ不思議ですらある。
 ただ、「境界」でなく「筆界」を明らかにする業務の専門家との表現ぶりには、やや違和感を覚える。私は、法務省訟務部門に奉職した直後から法科大学院教授等を経て弁護士を生業とする現在に至るまで、50年近い年月にわたり、いわゆる法定外公共物と境界に興味を持ち、その研究過程で数多くの境界トラブル事件に接して来た。そして今、確信していることがある。土地の境界には、地番境を指す筆界、所有権境を意味する所有権界のほか、道路区域や河川区域の境、あるいは公物管理の対象となる土地範囲とそれ以外の土地部分とを画する公物管理界さらには占有界等、さまざまなものがあり、認定の要件も法律効果も著しく異なる。それら土地の「境界」すべてを念頭に置き、それぞれの成立要件や法律効果の相異を踏まえながら調査し、相互の位置関係を的確に判定するという作業無くしては、筆界の判定を誤る、という確信だ。
 争いのない境界においては各境界の不一致は少ないと聞いている。しかし、紛争のある事案においては、往々にして複数ある境界の特性を知らず、あるいはあえて等閑視している実務家が、官民筆界を歪め、それを土台とする民-民筆界についての争いを生ぜしめているという歴史的現実がある。
 それゆえ、土地家屋調査士は「筆界」の専門家にとどまらず、「境界」全般を明らかにする業務の専門家でなければ、真の目的を達し得ないといえる。
 この想いは、土地家屋調査士制度が70周年を迎えた今、一層強くなっている。ただ、数多くの土地家屋調査士に接して感じるのは、法律的専門知識と境界判定技能を磨く研修の場がいささか欠落しているのではないかということである。医師や弁護士を含め、専門職の方々には数多い研鑽の場が設けられている。土地家屋調査士の場合、それが著しく貧弱だという印象を否めない。
 ①筆界と所有権界、並びにこれらと混同することが多い道路区域界・河川区域界や公物管理界、それぞれの違いを認識しつつ、あるべき筆界の位置を判定(=診断)する、②それを基に現地に混乱があればその是正を図る(=治療する)、さらには、③国民が境界で争わないために境界標を設置し、あるいは維持管理(=健康管理)する。医師が病気を治療するだけでなく、予防を図るのと同じだ。そのように、土地境界全般の専門家として活動することが土地家屋調査士の真の使命である。ただ、それぞれの業務には深く広い法律知識と、過去及び現在の測量技術等に関する的確な知識・技能が必要なのだが、それらにつき土地家屋調査士が研鑽を積む機会はあまりにも少ない。そのことを痛感し、是正していただくことを切に願う。
 基礎的知識や法律的知識、技能の研鑽のためには、当面オンライン研修やeラーニングを充実させることが有効であり、急務であろう。実践的な知識の獲得には、経験的には、対面のグループ討論による研鑽がもっとも有効であるように思われる。そしてまた、全ての土地家屋調査士が境界の専門家の名にふさわしい能力を保持するためには、厳しい研修受講・継続義務を課すべきであろう。

2.筆界の公共性・公益性を踏まえた地籍情報・筆界情報公示の仕組みが必要である。

(1)情報発信の法的仕組みの欠如

 筆界の判定は、経験の浅い裁判官や民事法学者が想像するよりも遥かに難しい。筆界は、登記記録、地図・公図、登記簿附属書類、相隣地の地形・地目・面積・形状、工作物、囲障・境界標、それらの設置経緯等を総合的に考慮して判定しなければならない(不動産登記法143条1項)。そのような複雑な手順を経て苦労の末判明した筆界についての情報は、その公共性・公益性に鑑み、未永く維持・保存され、広く国民に周知されなければならないはずである。
 ところが、歴史的には、「境界」問題は私人間の私的な問題であるから、私的に解決されれば足りるという認識の下に、公法上の境界たる筆界情報を記載する地積測量図ですら、かつては個人情報として、開示の範囲は限られていた。しかし、いわゆる情報公開法(平成11(1999)年法律第42号)の制定を機に、筆界情報は、仮にそれに個人情報としての側面があるとしても、公にすることが予定されている情報と位置付けられ、開示・公示されるに至っている13

 現在のところ、法律の改正作業はそこまでにとどまっている。上記以外に、筆界判定の成果を現地で明らかにし、その永続的管理を行い、国民に広く知らせるという仕組みは、ことごとく欠けている。
 国民が汗水たらして筆界特定を得ても登記所地図の筆界情報がこれと連動して書き改められることはない14。さらに費用と労力をつぎ込んで筆界確定訴訟を提起し、正しい筆界を判決で勝ち取ったときでさえ、官がその保有する筆界情報を筆界判決の成果に連動させる仕組みを持たない。土地家屋調査士はその制度的欠陥を指摘し、声を大にして是正を求めなければならないであろう。
 さらに、沿革に照らすとき、土地台帳・同附属地図のうち表示登記情報として法務局に承継される法務局保管地図・図面と、課税情報として地方自治体に承継される課税台帳制度とは、元来、地方税法381条7項・382条を活用して車の両輪のように連携すべきだが、現実にはほとんど連携が図られていない。特に筆界情報は、固定資産税課税にほとんど影響がないのが通例ゆえ、市町村長による地方税法381条7項・382条の活用は望めない。そのような状況下にあって、土地家屋調査士は、沿革的な特性である公務補完性・公益追求性を存分に発揮し、法務局・市町村という両輪を結ぶ車軸とならなければならない。すなわち、ⓐ地籍図に重大な欠陥があり法14条地図指定を取り消すべきだとの思いに至ったり、ⓑ集団和解の成果に基づき筆界情報を是正すべきと考えたり、あるいはⓒ地籍調査の成果の誤りに気づいたりした場合、土地家屋調査士は、市町村長を促して、地方税法381条の7の是正申出業務を代行することを責務と心得えなければならない。

(2) 土地家屋調査士自身による地籍情報・筆界情報公示の仕組みの構築

 筆界情報がその他の地籍情報と共に不動産登記制度の基盤をなす公的存在であるのに、国や地方自治体による公示の仕組みが十分でないのであれば、筆界の専門家であり、公務補完をその生来的使命とする土地家屋調査士こそがその仕組みを構築しなければならない。ましてや、総体としての土地家屋調査士の手元には蓄積された膨大な地籍情報・筆界情報がある。
 ちなみに、蓄積された膨大な各種情報は、現代社会において最も価値ある社会資源であり、石油資源以上の価値を有すると評されている。つい最近までは、GPS(全地球測位システム)およびGIS(地理情報システム)の活用によって得られるG空間情報すなわち位置情報とそれにひもづけられたデータからなる情報の重要性が指摘されていた。その議論が、AIやIoTと結びつき、現実空間上の特定地点・区域の空間的・時間的位置情報を蓄積して広範・精緻かつ瞬時なものとする必要が叫ばれている。その成果物は、サイバー空間とリアル空間を融合する基盤とされ、車や飛行体(UAV)の自動運転・自動操縦、さらにはスマートシティ構想にとって不可欠の資源となる。
 そのような高々度情報化社会の今日においてなお、IT化されて民間に開放されている不動産登記情報としては、平成12(2000)年6月以降、民事法務協会が行っている登記情報提供制度がほとんど唯一のものであると言えよう。しかし、同制度によって提供される筆界情報は、周知のとおり情報の精度において千差万別であり、ひどいものになると占有界そのものか、せいぜい所有権界と混同している例が少なくない。そのこともあって、特に外資系企業が土地を取得する場合には、一律に筆界特定済みであることを要求する例があるという。

 そのような現今の状況下にあって、地籍情報・筆界情報を集合させ、それを加工し提供することで相応の利益を得、ひいては社会に多大な貢献をする可能性のある事業者集団としては、蓄積された膨大な情報を保有する土地家屋調査士こそ最適任と言えよう。ところが、そのことに気づき、事業化を推し進めようとしている土地家屋調査士は、悲しいほど少数に過ぎない15。もったいない、と言う以前に、地籍情報・筆界情報を集合させ、それを加工し提供することをしないという不作為は、公共的使命を有する土地家屋調査士が社会に対する裏切りを行うこととなるとさえ言い得る。
 土地家屋調査士は自らの懐にあるこれらの情報を取引安全のために積極的に活用し、社会に貢献しなければならない。精確な筆界情報、具体的には、グローバルスタンダードに則応できる世界測地系に依拠した筆界点情報さらにはこれをベースとする地籍情報を社会にデジタル発信することこそが、土地家屋調査士の現今の社会的使命とすら言えよう。
 しかしながら、筆界の判定には苦労と費用を必要とすることから、筆界を調査・判定した土地家屋調査士にとって、その汗の結晶たる筆界情報の子細に係る成果を他人に無償で公開することには抵抗があろう。さらには有り体に言えば、自身の成果物たる筆界情報の精確性に自信がないことから、筆界情報の子細の公開をためらう向きもあろう。
 土地家屋調査士の業界全体としては、官民筆界を基軸とし地域的広がりを包摂する筆界の全体情報(マクロ)と個々の一筆地に係る筆界の子細情報(ミクロ=詳細は後述(3))を共に最高度の精確性をもってデジタル発信することこそ、近未来というより明日の使命であり、社会的責務である。その情報収集・発信の作業の過程において、業界は個々の土地家屋調査士の経済的利益に配意し、また、個々の情報の不精確をていねいに是正しなければならない。土地家屋調査士制度発足70年の今、この明快な使命の達成を宣言されることを強く期待したい。

(3)土地家屋調査士によるきめ細やかな地籍情報・筆界情報提供サービスの実施

 政府は、所有者不明土地問題の解消を当面の目的として、平成29(2017)年以降、ブロックチェーンを活用した「行政の不動産情報統合」システム16の活用を進めている。政府は、このシステムを民間の不動産テックにも活用し、取引の効率化を図るとしているが、個人情報保護を盾に、「権利利益侵害情報」は公開しないとの建前から、民間への情報提供には著しい制限をかけている17
 さらに、国土交通省ウェブサイトは「公図と現況のずれQ&A」を開設しており、一定の公図地域における公図と現況のずれを最小二乗法を用いた分析結果として可視的に表している。同情報は、現公図と地域全体の現況との整合性を知るには、極めて有益な情報といえる。ただ、同サイトは、その注意書にあるとおり、一筆ごとの土地それぞれについて公図と現地とのずれを示す目的で作図されたものでない。一筆ごとの筆界情報の精度は、一定地域内でも千差万別である18 。そのことに気づかない専門家も少なくない。
 そこで、土地家屋調査士は、官が提供する情報を民間向けに補完するという視座から、上記(2)の業務の一環として、公図記載の筆界情報の精度を一筆地ごとに確認し、さらには公にすることが予定されている一筆地ごとの地籍情報を付加してデジタル提供19し、公証するという業務を近未来の本務の一つとすべきであろう。具体的には、すでに先駆的な土地家屋調査士が提案しているとおり、地積測量図の精度解析とそれに基づく地番相互の接合作業を土地家屋調査士が率先して行うべきである。それより、地籍調査を必要とする地域は、真正地図混乱地域に限られることになり公益に対する貢献は顕著となるであろう。

 さらに、その成果の情報提供業務は、各都道府県の土地家屋調査士会単位で運営し、個々の国民や国・地方自治体の要望に応えるほか、司法書士、行政書士、宅建士、執行官等と連携して個別の筆界・地籍情報につき公証するものであって欲しい。
 加えて、筆界・同標識の継続的管理は、地域の土地家屋調査士が全体として担わなければならない公務であると考えていただきたい20

3.「筆界の判定者」から「境界に特化した法律家」への脱皮

(1)法定外紛争処理における土地家屋調査士業務の拡充

 土地家屋調査士が官のサポートを行うことを生来的な使命としてきたこと、さらに筆界は公的存在ゆえ、依頼者に寄り添った当事者的立場に徹しきれないという特質があることは、土地家屋調査士の業界を温和(=ややぬるま湯的)な体質にしていると私には思える。
 隣接の業界たる弁護士は、その沿革をたどれば依頼者のためなら何でも言う「三百代言」とさげすまれていた。また司法書士は、依頼者のための「代書屋」と自称し、裁判所からは、代書さえしていれば良いのであって、土地売買が無効と認識していても口に出してはいけない、とさえ言われた時代があった21。その後、両業界は、単に依頼者の手足としての存在から脱却し、弁護士は人権擁護と社会正義を実現することを自らの使命とするとの法制を獲得していく。また、司法書士は、代書から代理へ、認証権限の確立へ、相談権限の拡大へ、裁判事務の拡大へと地道な努力を続け、その結果、「代書屋」「準法律家」「法律家」とそのタイトルを次第に高めてきている。とりわけ認定司法書士の現在の活躍をみると、真に法律家と呼ぶにふさわしい活動実績を残していると言えよう。
 他方、土地家屋調査士はどうか。民のサポートに軸足を置いて発足した弁護士や司法書士と大きく異なり、もともと税の公正な徴収に資する=公益実現という官に寄り添い公務を補完する業界であったことから、地位向上へのモメントは働きにくかったと言える。わずかに平成10(1998)年に、法務省民事局が裁判外紛争処理制度の一環としての行政委員会の立ち上げの検討を開始したとき、これに触発されるかのようにいわゆる調査士会ADRの設立が画策され、平成14(2002)年以降、全国の単位会ごとに設立されたのが、目立つ程度である。調査士会ADRの発足に伴い、認定土地家屋調査士制度も立ち上がった。私は発足当初、認定司法書士のような「法律家」としての活躍を大いに期待したが、当事者に寄り添う業務は中立的判断を旨とする土地家屋調査士の通常事務と、見かけ上、相反する様相を呈するためか、認定土地家屋調査士として当事者に寄り添うことに違和感を持つ土地家屋調査士が少なくないらしい。
 認定土地家屋調査士として活動される土地家屋調査士の多くの方々は、ほとんどの弁護士が、筆界や分筆登記等に係る知識が乏しいゆえに、境界紛争に起因する諸問題を単独で解決する適格性を有していないことに気づいておられる。弁護士側もそのことを痛感している。また、境界紛争という財産評価としては微小な紛争を解決するために、土地家屋調査士と弁護士の双方に費用を支出せざるを得ないという仕組みは全国民的視野に照らしても納得できるものではない。法的トレーニングを積んだ認定土地家屋調査士であれば、所有権界和解や境界標の設置等、筆界と密着する法律問題を弁護士なしで解決できるという仕組みを目指す必要がある。土地家屋調査士の使命が筆界を明らかにすることにより、権利関係の明確化を図る専門家である以上、筆界と所有権界とのかい離を明らかにし、かい離に由来する諸問題についての民法的・不動産登記法的解決を示せる専門家でなければならない。経験的に見て、その意味の専門家としては、法律のみならず測量の専門家でもある土地家屋調査士こそもっともふさわしい。現行法は、その実力に見合った権限を与えていない。そのことを70周年を機に、全国民に向けて発信しなければならないと私は確信している。

(2)裁判事務への積極的関与

 境界訴訟に詳しい裁判官は、土地家屋調査士の専門性の高さを認識し、その能力を極力活用しようとする傾向があるように思われる。現に、平成16(2004)年の民事訴訟法改正により、専門委員制度(同法92条の2)が導入され、専門委員として裁判所から高い評価を受けている方々がいらっしゃる。他にも、中立的立場からの鑑定人(民事訴訟法212・213条)、民事調停委員(民事調停法6条)として活躍されている方がいらっしゃる22
 この他、土地家屋調査士は前述のとおり依頼者に寄り添う業務を避けようとする傾向があるが、裁判官のみならず検事や国選弁護人も当事者的立場で公益の実現に尽くしていることを想定すれば明らかなように、当事者に寄り添って行う境界判定業務は、決して公益追求性と矛盾するものではない。それゆえ、現時点では例が少ない補佐人(民事訴訟法60条)、特別代理人(同法35条)、鑑定的証人・私的な鑑定意見書の作成(同法217条・219条)をも積極的に受任することが期待される。

4.国・地方自治体や他業種との連携の強化

 幸か不幸か土地家屋調査士の職務は、法務省のほか、国土交通省、財務省、裁判所、地方自治体等の管轄事項と関連している。さらに、令和2年法律第12号による改正後の土地基本法は、土地所有者23等に登記手続等の措置及び土地境界24の明確化のための措置に係る責務を課し(6条2項・3項)、国・地方自治体には、土地の利用及び管理に関する計画に係る事業の実施及び当該事業の用に供する土地の境界25の明確化その他必要な措置を講ずることにより、所有者不明土地の発生の抑制・解消等を図る責務(13条1項・5項)を課すに至っており、各府省庁及び関連民間団体による一層の連携が指向されている。
 率直に言って現時点では、境界問題についての管轄や関連団体が多岐に渡ることが、新しい提案や事業改革を企図するに当たって妨げになっていることが少なくない。
 土地家屋調査士はそのことを嘆くのではなく、かえって改正土地基本法の理念実現を目指してリーダーシップを発揮する必要がある。民が官をまとめて協議会を立ち上げるのは、かなりの力仕事になるが、できないことではない。静岡県では、土地家屋調査士の呼びかけにより、法務省、財務省、県、市町村の関係部局、更には弁護士会も加入する「境界問題協議会」が立ち上がって活動を開始している。また、国交省ウェブサイトが紹介する千葉県「長生郡市地籍調査協会」平成23(2011)年設立)は、地籍調査を包括委託することが可能な法人として、長生郡市内の測量会社と土地家屋調査士事務所が集まり、技術力、永続性を兼ね備えた一般社団法人として、3町における地籍調査を受託し、社員の技術研修や地域の啓発活動も行っているという。今後は、所有者不明土地問題解決に係る具体的な施策を遂行するについて、土地家屋調査士は、中核的な橋渡し役を担う必要がある。
 特に、土地家屋調査士業務に関連のあるAIやIoT業務の大半を担う国土交通省との真摯な連携・協議は、今後、ますますその必要性を増すことになろう。

5.土地家屋調査士は筆界判定につき、AIの教師でなければならない。 

 平成27(2015)年12月、野村総合研究所は、オックスフォード大学との共同研究結果として、20年後までには、日本の労働人口の49%の仕事がAIやロボット等で置き換えられると述べ、その一例として「測量士」も掲げていた。
 筆界を調査して、判定し、その成果を基に表示登記の申請等を行う…それらの業務も、AIやロボットに取って替わられるのか。AI研究の第一人者である松尾豊東京大学准教授は、オックスフォード大学の論文で示された「あと10~20年でなくなる職業」の一つとして、「不動産登記の審査・調査」を掲げている26
 土地家屋調査士の業務もその例外とは言い切れない。そう遠くない将来には、これまでの業務のかなりの部分がAIに取って替わられることになりそうである。
 筆界は、①公図・地積測量図等の図面、②登記所保管の文献情報等、③地形、④地物等の位置27、⑤地物の設置経緯等を総合的に考慮して判断する(不動産登記法143条)のだが、AIがもっとも得意とする画像認識・解析は、①、③、④の総合判断において威力を発揮するであろう。②は、パラリーガル分野であるが、例えば古文書の探索・収集を別とすれば、これもAIの得意分野であるという。⑤の調査においてのみ、AIは土地家屋調査士の補助者的役割に留まるのではなかろうか。もっとも、深層学習(deep learning)技術により、筆界を判定する技術は、加速度的に進歩することが予想されており、シンギュラリティ28が起こるとされている令和22(2045)年頃には、これらの全ての作業をAIないしAIロボットが代替するかも知れない。
 そのような状況下にあっても、土地家屋調査士には「AIの教師」という重大な使命が残る。社会インフラの基盤を成す地籍情報・筆界情報を構築するために、AIに何を教え込むか言い換えれば、データにどのような注釈(annotation)を付けて学習効率を高めるかは、ひとえに人間の仕事である。AI教師の良し悪しで、AI成果品の良し悪しが左右される。AIに「境界」情報として占有界の定義だけを教え込むのか、あるいは所有権界の定義を教えるのか、筆界情報をも教え込むのか、教え込むとしてどういう手順で筆界を認識させるのか、筆界と所有権界の関係をどのような手順で教え込むのか、地図混乱地域をどのように認識させるのか…。土地家屋調査士の近未来は、土地家屋調査士自身が精進を重ね、AIの良き教師になれるか否かにかかっていると言っても過言ではない。
 そのためには、AIを活用した筆界情報の蓄積に関する研究・開発・提言の各次元に土地家屋調査士が組織を挙げて主体的に関与し、さらには、AIへの情報提供の最良の教師とならなければならない。
 加えて、AIは、その演算能力の速さゆえに、筆界判定結果につき、その理由を自ら説明することができないという。そうであれば、土地家屋調査士は、AIに代わってサンプル調査等をあえてアナログ方式で行い、AIの正解率を監視しなければならない。AIの思い込みと暴走を食い止める仕事もAIの教師としての重要な職務として残るであろう。
 AIと土地家屋調査士は、互いに頼れるパートナーとして繁栄する。それが、近未来の姿であろう。

※注釈はPDFでご確認ください。